それは醤油をはじくほどの新鮮さ。足の早い魚ゆえ、地元でもこの鮮度ではめったに口に入らないという。透き通るような刺身はぷりっとした食感。淡白ながらほのかに甘みも広がる。「これがシイラの本物の味よ。刺身を食うこの瞬間だけはいつも、まっこと土佐人で良かったと思うねえ」と、夜須町の塩井政利さん。子どもの頃からのシイラ食い。手結漁港でなじみの漁師さんにでっかいシイラを一匹貰い、それを赤岡町「とさを商店」に持ち込んだ。
シイラは魚へんに暑いと書くごとく、夏になると群れとなって土佐湾に来遊してくる。一匹の重さは3、4キロ。大きいものなら20キロを超える。高知では香南市手結、四万十町興津が主産地で、漁期は5月から11月。
「地元の人間にとってはシイラがなかったら献立が違ってくる。淡白で毎日食べても飽きん」という。シイラは身に水分が多く、鮮度が落ちやすいことから「猫またぎ」と呼ばれたが、それも今は昔の話。輸送の進歩で新鮮なシイラが県内でも広く出回るようになった。 たくさん獲れることから、高知ではクマビキ(九万疋)、トウヤク(十も百も)とも呼ばれるが、地元のおんちゃんたちは一匹のシイラをそれこそ十とは言わぬまでも何種類かに料理して、魚の話を肴に酒を飲む。
さて、小さなスーパーの奥の厨房で一匹の大きなシイラの解体ショーが始まる。まだ身が硬直しておらず、これほど新鮮でやわらかいシイラを料るのは初めてだという。それを尾から頭の方に向かってさばいたら、まず刺身に、それからタタキ、にぎり、フライ、ひっつけ寿司、腹の子の煮付けと、次々とシイラ料理となって出てくる。ビールもすすむ、すすむ。「うまいうまいと言いながら、おいしい魚を食うて一杯飲って、満足し切って幸せな顔をして寝る。これが一番ええ暮らしぢゃね」と、店主の野村真仁さん。シイラの持ち込み料理は今日が初めての体験。「わし、シイラと一緒に新たな観光ルートを開いたかもしれん」。土佐のおんちゃん、まな板に乗る。
郷土料理 :土佐の風土と土佐人気質に紡がれた伝統の味 |